Health attitude blogに今日もご訪問ありがとうございます。今回は中途半端ということを考えていきたいと思います。継続は力なりとよく聞くけれども、何をやっても長続きしない…どうやったら継続できるのか、そのことはこれまでにも何度も書いています。今回は考えてみたいことは、

中途半端になる理由

何かを初めて途中でやめてしまったことがあるとき、そこにも意味があり、理由があると考えるのです。その理由を心の中から見出せた時、そこにある感情が自分のこの先の目的を達成するために必要な感情になるのだと思うのです。こころの深層にあるその感情を見出す時、新たな未知が開かれるのではないでしょうか。

1.中途半端は「始めた理由」「続かない理由」に意味がある

1-1 これまでの目標・目的は自分にとってどんなこと?

1-2 途中でやめたくなる理由とは?

1-3 中途半端の行動に見出す深層心理

今日のプラスα

2.ライバル意識?そこからはじめてみても…

3.投げ出して、でも自己嫌悪とならないために

生理検査アティテュード®からのメッセージ

・私の中の「続ける理由、終了とした理由」

 

1.中途半端は「始めた理由」「続かない理由」に意味がある

今回のテーマ「中途半端には意味がある」そんなことを考えたときに、始めたきっかけは?続かない理由は?があると思っています。

それは無意識に行動していることも…

1-1 これまでの目標・目的は自分にとってどんなこと?

では、私のその無意識の理由を模索するために「始めたきっかけ」「続かなかった理由」この2点の意味を深堀りすることで自分の深層にある「こころ」に触れることができると思うのです。

中途半端になる理由

❍これまでの目標・目的はどうなっていますか?

明確な目的を持たずに始めても長続きしないことがほとんどではないでしょうか。年始には必ず目標を立てるという方、今年も11月に入り残すところ2ヶ月あまり、年始に「今年の目標」とやらを決めた目標はどうなっていますか?

今年は異例の年としてスタート、新型コロナウイルス感染症が世界的拡大のために、大幅に予定が崩壊という方も少なくないのかと思い、致し方ないともいえますが、では、これまでも毎年目標を立ててといたとか、何かを決心してそのための目標・目的を立てたということに対しては、いかがでしたでしょうか。目標を立てて年末までに何らかの成果が得られたという方、どのような目標だったかということを振り返ってみてください。

❍うまいく行ったという目標を決めた理由とは?

過去に、目標達成出来た!ということが、今の自分にとってどのような意味があり、位置づけにあるのでしょうか。その後の「今の自分」にとって、何らかの成果をもたらしこれからの自分に将来に対して意味のある成果よなっていることなのではないでしょうか。

どうしても欲しいゴールであった、そのゴールを手にすることで今の自分の行動に大きく影響をもたらしているのではないでしょうか。

❍中途半端になっていることはどんなこと?

では逆に途中で止めてしまったことはどんなことでしょうか?

何となく面倒くさくなってしまい、自然消滅してしまった目標もあるのではないでしょうか。言い訳しながら、さらに別の言い訳を積み重ねていた…ということも誰にでもあるのではないでしょうか。これとは別に、何らかの事情によってやむを得ずということあるのでしょう。今回の感染症による緊急事態宣言もその1つといえます。

言い訳を重ねてというのは、無意識の自己都合なのだと考えますが、後者の自然災害や社会的背景や、自分の周囲の環境や状況の変化などによる理由による中断はちょっと異なるかと考えます。

❍やむを得ず中断していることの意味

やむを得ず中断してそのままとなっていることは、その行動に自分がどのような意味を持っているのか?ということが、その後の時を経ても再スタート出来るか?否か?ということに関係しています。強い意志があるならば、何らかの形を変えて、継続できる方法を自らの方法を見出して、必ず再スタートすることが出来ているのではないでしょうか。

その再スタートが自分の中にあるレジリエンスなのだと考えます。自分がどうしてもその目標達成することによって得られるゴールとそのゴールによって得られる効果・心の報酬を手にしたいという感情が動くかどうかです。

 

1-2 途中でやめたくなる理由とは?

途中でやめたくなること

❍継続できない理由もいろいろ綴ってきましたが…

コツコツと、地道に継続することの大切さをこれまでのブログでもさまざま書き綴ってきています。

「どうして続かないその理由とは?」

などなど、NLP的には、メタアウトカムが設定されていないとしていますが、ではどうしてメタアウトカムが設定できないのかということの深層にある自分の「こころ」を深堀りすることも必要なのですが、行ったことあるでしょうか。そして、すべての行動には肯定的な意味があるということをこれまにも綴ってきています。

❍面倒なことはやりたく無くなる

必要なことなのに…苦手なことは、やはりムリ

中途半端になっていることの中に、こんな場合もありますよね…

苦手意識がどうしても拭えないことに対して、

必要なことは分かっている、

だから、何度もトライしてみては いるのだけれども…

❍苦手とすることに対する中途半端

苦手とすることに対して何度も、何度も、どうやってみても、ムリ!継続できないことはどうなのだろうか?

そんなことも事実よくあること、自分に向き不向きを考えても、どうしても困難極まることで、私自身も諦めていることもあります。開き直りのように

ムリはムリ!いいじゃん それでも!

そう言いたくなることもよくあると思います。すべて完璧に人並みにこなせる人、そんなパーフェクトな超人なんてそうそういるものではありません。

出来ない部分を受け入れることで、その他こと興味関心があることが自分の秀でている部分だということが多いものです。惜しみなく時間を費やしてもまったく苦にならないこと、時の経つのを忘れるくらい無我夢中の時を過ごせること、それがすでに自分の能力に対しての指向性が高く、力を引き伸ばせる部分なのではないでしょうか。

 

1-3 中途半端の行動に見出す深層心理

継続できていることは、明確な目標と目的があり、その先のメタアウトカムをはっきりと意識できていることなのだと考えます。

過去のブログでこんなことを書いています。

継続できない人のたとえ「三日坊主」のフレームを変えてみると…

  • 頭の切り替えが早い!
  • 自分に合うか合わないか、というセンサーに対して敏感である! 
  • いち早く自分の向き不向きをキャッチできる!
  • 興味関心が明確化されている!
  • 時間のムダがない、不要な時間への投資を未然に防いでいる

※関連ブログ「三日坊主も必要なのです!?]

いろんなことを試行錯誤する「時」が人には何らかの形であるのではないでしょうか。試しては止め、また新たなことを試みるということを何度も何度も繰り返してみる。

その行動にも私は意味があると思っています。

❍目標に対する自己評価…次に活かす座標にする

毎年、高い目標を掲げて…

途中で挫折…やはり自分にはムリ

ということ、あるのではないですか?

長いスパンで見るといことも必要なことだと考えますし、視点を変えての自己評価も大切です。

  • どこまでできたか、さらに
  • 目標の何%まで到達することが出来たのか、と数値化する
  • 出来たこと、出来なかったことを分類する
  • 出来たことで得られたことは?
  • 出来なかったことで得られたことは?
  • 逆にそこから得られる課題を考える

このような作業によって、次の目標を立てることができます。自分の行ったことは止めたことでもすべてリソースだと私は考えます。そこには何らかの学びがあるのです。

人が行動するときは、何らかの報酬を得たいがために動くのです。すなわち、すべての行動目的にはプラスの意味があると考えます。

行動目的のプラスの意味

❍中途半端に見出す深層心理

途中で休むことがあっても、再び方法を変えてでも始めることが出来たこと、そして継続できていることは、明確な目標と目的があり、その先のメタアウトカムをはっきりと意識できていることなのだと考えます。

その目標・目的に対する自分持つ、価値基準によって大きく左右すると考えます。

中途半端で終わってしまったことは、無意識であっても 自分持つ「価値観」価値判断基準によって重要では無いと判断していることでもあるのだと私は思っています。

価値観が決めている

継続できていることは、自分の興味関心があることだけれども、続かないことは必要だということは分かっていても、興味が持てないこと、時間を費やすことが苦痛にも感じることのこともあるのです。

それでも、その苦手意識があることを継続することで「何が得られるのか?」ということを考えてみてください。自分の欲しい成果がもし手に入ることがあることならば、何らかの方法を変えて再度トライしてみることもよいのかも知れません。そして、そのことには、自分の大切な信念・価値観が必ず関係しているのではないでしょうか。

 

2.ライバル意識?そこからはじめてみても…

何となくいつも自分と比べてみてしまう人誰にでもひとりやふたり、いるのではないでしょうか。

❍どんなきっかけ?感情で?始めていますか

ちょっとライバル意識をもつような相手に対して、その人がうまくいっているようなことを始めてみたことありませんか?

目的意識を明確ではない状態で始めてみても継続出来ないと私は思っています。相手より上位になることのみでは、目標・目的に対してその先に継続する感情が伴わないことが多いからです。目標・目的のその先にメタアウトカムが設定されていないことが多く、自分にとっての感情が伴っていないことがありからです。

何らかの競技や選考会などでその相手と競い合うことがあり、勝利しても勝利のその先にあるとされるのが「メタアウトカム」です。メタアウトカムは上位の目的であり、過去のブログでも「よくまとめられたゴールとして」何度かまとめています。

※関連ブログ「目標の先に何を描くのか?メタアウトカムを描こう

❍比べる相手は自分自身

自分の周囲の人と比べてみても自己成長にはあまりプラスにならないといいことを、先日の「劣等コンプレックス」のところでまとめていますが、比べるのは過去の自分と比べることが大切なのです。

他人はあくまでも他人、家族も同様であり、持っているものがすべて異なるからです。外見も内面も似ているところがあっても「別の個体」ということです。ライバルは良い意味で自己成長のための自分の中での1つの目標でしかありえず、挑戦を挑むのは常に自分自身です。うまくいっている人をモデルとして真似をしても良いし、必要なことでもあるのです。でもそこから自分の持ち味・オリジナリティを見出し新しいものを創り上げることが大切なのだと思っています。

比べる相手は自分自身

※関連ブログ「劣等コンプレックスを未来に活かすためには 」

 

3.必要なことなのに…苦手なことは、やはりムリ

中途半端になっていることの中に、最後にこんな場合もありますよね…

苦手意識がどうしても拭えないことに対して、

必要なことは分かっている、

だから、何度もトライしてみては いるのだけれども…

❍苦手とすることに対する中途半端

苦手とすることに対して何度も、何度も、どうやってみても、ムリ!継続できないことはどうなのだろうか?

そんなことも事実よくあること、自分に向き不向きを考えても、どうしても困難極まることで、私自身も諦めていることもあります。(笑)

開き直りのように

ムリはムリ!いいじゃんそれでも!

そう言いたくなることもよくあると思います。すべて完璧に人並みにこなせる人、そんなパーフェクトな超人なんてそうそういるものではありません。

出来ない部分を受け入れることで、その他こと興味関心があることが自分の秀でている部分だということが多いものです。惜しみなく時間を費やしてもまったく苦にならないこと、時の経つのを忘れるくらい無我夢中の時を過ごせること、それがすでに自分の能力に対しての指向性が高く、力を引き伸ばせる部分なのではないでしょうか。

❍三日坊主の意味を再度、読むと

上記で「三日坊主」のフレームを変えていますが、過去にも「継続」出来ない人の代名詞として使われていることばとして、ことわざ辞典での内容を再掲しますと…

『僧の修業は、早朝からお勤めが始まり、食事も粗食、規則正しい生活を強いられ、生半可なことでは続かない。中途半端な気持ちで、出家しても修業の厳しさを乗り越えられず、三日経ったら俗人にもどってしまう人がいることから出来た言葉』

とあります。三日しか継続できずに「俗人」に戻ってしまう…俗人によいではないですか。その道の達人になるためには、生半可な気持ちと努力では成し得ないということでもあります。

もし、継続できていることがあるならばその行動は自分に合っているということなのだと考えます。たとえ途中で休むことがあっても、また再開し、継続することが出来るならば、その道を進む意味があるのではないでしょうか。

❍早めに切り替えたと解釈して

1日は24時間、これは誰にでも平等に与えられてる時間です。

『現代人は 忙しい』

その時間をどのように使えるのか?ということも能力なのではないでしょうか。大切な時間と考えるのならば、3日でけじめをつけることが出来たとして、他のことへと早めに切り替えることも場合によっては必要だと考えます。自分自身に確実に必要だと認識したものに対して、自分の脳は集中して行動することができます。

自分にプラスになるか否か、そのことを見極めているだけ

そう考えると「三日坊主」も必要なことだとすることも出来ます。

継続できることは、

自分の時間を費やすことが惜しくない

❍通信講座が向かないのではない

そのひとつ「通信講座は、絶対続かない!」絶対と言い切れるくらいに、そう確信していました。そのため何かを学ぼうと、2009年に思ったときは、Face to Faceの通学制だと考えました。

若かりし頃、籐手芸でカゴを編み、ビーズアクセサリーも通信講座で一通り行ってそれで終わり。自分の文字にコンプレックスを持つこともあり、「ボールペン習字」にトライ…2回くらい送ったかなぁ…それで終わってしまいました。

しかし、今現在「通信講座」を 継続出来て います。通信大学に現在在学中、健康管理士は通信講座をさっさと完了させて資格取得し現在に活かされています。

❍その行動にどんな価値がある?

通信講座がダメなのではなく、その内容に対して自分の価値基準どのレベルにあるのかということ、さらに継続することでどのような成果が得られるのか、ということが重要なのです。

籐手芸もビーズアクセサリーもちょっと面白そうという範囲でしか有りませんが、健康管理士も通信大学で選択している内容も「知りたい」という自分の好奇心からら生じた行動です。

大学に対しては、当初の目的とやや異なる目標となっていますが、明確な成果を得ることができそうです。

さて、どうして通信講座で続けられているのかをまとめると…

  • 大学のため、必ず単位認定試験が課せられている
  • 試験に通れば単位認定される
  • その試験を受けるために小テストを期限までに提出しなければならない
  • 面接授業・スクーリングもある(2020年は中止)

これらが自分の強みにあうことが大切で、継続できる理由になっています。

  • 目的志向が有るから、期限を守らなければならない
  • 最上思考が有るから、単位を落としたくない、認定されたい
  • 共感性が有るから、スクーリングでのリアル受講が楽しい
  • 着想が有るから、いろいろな講座を自由に受講できる

これともう一つ今は、目的が加わり、私は臨床検査科の専門学校が最終学歴、短大卒と同等の学歴なのですが、目標としたことが最終学歴を大学卒とすることです。

始めたきっかけは、自分の知る「NLP」のエビデンスを見出すために心理学をもっと学びたい、ユングやフロイトなどをもっと知りたい、自分の中にある疑問に対して解き明かしたい…そんな知りたいということに対して興味関心がもてるかどうかです。

自分の興味関心を充たすことができれば必ず継続できます。

人が動く時

 

生理検査アティテュード®からのメッセージ

・私の中の続ける理由、終了とした理由

 

これまで生きてきた中で興味あること、知りたいなぁ~やってみたいなぁ~と思うこと、好奇心に導かれるように、さまざまなことを行ってきています。

❍どんな理由で始めたのか?

自分が納得するまで行ったものも、一通り学びそれで終わったものもあります。今まで出会うことがなかった新しい場所で、新しい人に出会い、その人からまた新しいことを聞きかじる…

何?それ!面白そう‼

そんなシンプルな理由で、さまざまなことを行ってきています。振り返ると、自分に向くもの、向かないものも、ともにあります。必要に迫られているものでも、続かずに。。。というものも当然あります。

個人で何かをしようと思う時、

すべてを自分で行わなわなければならない…

という必要に迫られて、切羽詰まったような、そんな理由でやってみやこともあり、悪戦苦闘ということも少なく有りません。語学も同様でそこにはよくいうコンプレックスもあると自覚しています。

❍必要に迫られた時…そこにはどんな感情がある?

必要性を感じて何かを始めてみてみたこと、継続できるものと、出来ないものがあるのではないでしょうか。簿記も知らないとなぁという理由で昨年行ったのですが…

講師、いわく

「大した興味もなく始めてこんなに長く、教えるまでになるとは思わなかった」

と、講義の冒頭で言われたことを記憶しています。そんなことばに私自身もほのかな期待感…しかし、結果は…

好奇心・感情を伴わない時…そこで終わる

❍長く続けられていることは

いろんなことを行ってきて継続できていることを振り返ってみたときにそこにあるものは

時間の歪曲が起こっている!

時を忘れるようなワクワク感!楽しい♪

そんな未来ビジョン・夢を描ける感情を伴っているときです。

夢中の時

❍人には向き不向きがある

あれもこれもすべてが完璧!なんて人はいません。継続できないことがあってもそれが当然だと私は思っています。言い訳にように受け取られても、それで良い、何の引け目を感じることもいらない自分の行動に、自分が責任を取ることができるということがいちばん大切なのではないでしょうか。

Pure Medical attitude

生理検査アティテュード®

Junko Katayoshi

今日のまとめ

  • 始めた理由、やめてしまった理由によって中途半端で終わるかどうかが決まる
  • 中途半端になっていることは、価値観が伴っていない
  • 目的のその先のメタアウトカムを明確にすることで継続することは可能

 

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断崖絶壁の上に立たされている…そんな気分…

でも、今更ですが、思い出したのです自分自身もそうだった…

顔出ししなくてOKです。話せることだけでOKです。話すだけでどれだけ、どれほど心が救われるか…

電話の先の声が言ってくれた…「おかあさん 大変でしたね…」

涙が止まらなかった…そして、心が少し軽くなった、

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かたよし純子 Junchan♪  ※自己紹介はこちらから

臨床検査技師/超音波検査士/健康管理士一般指導員/健康管理能力検定1級/介護予防運動指導員/米国NLP協会認定NLPトレーナー/臨床心理学 および 基礎エキスパート取得

今日も最後までありがとうございました。