JunchanのHealth attitude blogにご訪問ありがとうございます。医療スタッフのメンタルパートナー かたよし純子です♪ 今週は、人の中にあるブラックな心がテーマです。前回は、生きるために必要な認知能力を生まれながら持ち、人格形成は、遺伝と環境因子が相互に関係しあっていることをお伝えしました。虐待に関する気質は、前回のブログでお伝えしたように幼少期のアタッチメント形成に関わることもあると考えます。今日は、児童虐待の定義、しつけと虐待の違い、人間のもつブラックな感情を見ていきたいと思います。プラスαでは、最近、頻回に飲食店などで行われている迷惑行為に関してどうしてやるのだろうかを考えて見たいと思います。
1.しつけと体罰は紙一重?知ることと考えたい3つのこと
1-1 虐待とは?児童虐待の定義
1-2 しつけと体罰の違い、虐待に影響とは
1-3 どうして虐待する?誰でもあるブラックな感情
今日のプラスα
2.SNSでに自己表現するということ
3.人が持つ日常の中でのさまざまな錯覚
生理検査アティテュード®からのメッセージ
・私が考える親の役割としての「しつけ・躾」
1.しつけと体罰は紙一重?考えたい3つのこと
1-1 虐待とは?児童虐待の定義
千葉の児童虐待の事件は、命を失うことになってしまった、許しがたい思いを抱いた方も少なくないのではないでしょうか。児童虐待の定義からまとめていきます。
❍虐待とは DV
暴力的行為ではないから、自分の行っていることは虐待ではなく「しつけ」だ、そして、部下に対しては、「指導だ」と思っているということも多くあります。
虐待とは、具体的な内容はさまざまだとされますが、肉体的な暴力、暴言や、侮辱、嫌がらせなど言葉による暴力や無視をするなど、冷酷、冷淡でむごい扱いを、繰り返し、習慣的に行われることをいいます。
●よくある虐待の対象例
虐待を行う行為者も、対象者もさまざまなケースがあります。家庭内では、夫が妻に対して、その逆で妻が夫に対して、幼児虐待としては、母親や、父親が子どもに対して行われることがあります。さらに最近では、高齢の親を介護する子どもが虐待するケースも見られます。
最近社会の中で問題にされているのが、パワハラと言われるパワーハラスメントですが、パワハラとは、いやがらせのことを言いますので、虐待だとも言えます。職場での上司による、パワハラ、男性が女性に対して性的ないやがらせをおこなうセクハラ、その逆もあります。ハラスメントは、その内容によってさまざまな表現がなされています。
※関連ブログ「「心の病」労働災害認定とは」
●認識されていない虐待行為
ここで注意したいのが、暴言や侮辱的な言葉による虐待を行っている場合です。身体的な暴力行為でなければ、虐待行為ではないと思っているケースです。具体的に虐待の定義と、その行為をまとめていきます。
❍児童虐待の定義
児童虐待は、保護者が監督し、保護しなければならない児童(18歳未満)に対して下記のような行為を行うものをいいます。
〈児童虐待の定義〉
児童虐待防止法第2条:保護者が18歳未満の児童に対して行う4類型
- 身体的虐待 :児童に対して外傷が生じる。もしくは生じるおそれのある暴行を加えること。
- 性的虐待 :児童にわいせつな行為をすること、させること
- ネグレクト :児童の心身の正常な発達を妨げるような放置など、保護者としての監護を著しく怠ること
- 心理的虐待 :児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと、暴力(DVなど)を見せること
※引用 厚労省HP「児童虐待の定義」
❍きちんと認識して欲しい、児童虐待とは
児童虐待の具体的な内容を下記に記します。
〔身体的虐待〕
- 殴る、蹴る、踏みつける、投げ落とす、首を絞めるなどの暴力
- タバコを押し付けて火傷を負わせる
- 風呂などで、水に沈める、溺れさせる
- 家の外に締め出す、一室に拘束し、閉じ込める
- 激しく揺さぶる
- 未受診の状況での墜落出産、無理心中 など
児童に対して、上記のような身体的な外傷が生じる、もしくは生じるおそれのある暴行を加えることをいいます。
〔性的虐待〕
- 性器性交、口腔性行為など
- 性器をさわる、触らせる行為
- ポルノグラフィの被写体にする
- 性的描写を強制的に見せる、無配慮に見せる
- 子どもに対して卑猥な言動を発する など
児童にわいせつな行為をすること、または、させること。子どもへの心的ダメージが大きく、発見が難しいとされる虐待で、子どもは誰にも言うことができずに、我慢してしまうことが多く見られます。夜、眠れないことが多いために、元気がない、居眠りをするなど体調の変化として現れやすいとされます。
〔ネグレクト〕
- 生存・成長に必要とされる食事、衣類を与えない、ひどく不潔にする
- 生命の危機を与えるような状況において必要な医療を受けさせない
- 登校禁止や就学の手続きを行わない
- 乳幼児を保護者の監護の無い状態で、家においている、車中の放置(0・1・2歳児の放置)
- 正当な理由なく、保育園や幼稚園など、長期欠席させる
児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食や、長時間の放置、虐待行為の放置のほか、保護者としての監護を著しく怠ることをいいます
〔心理的虐待〕
- 言葉による脅し、脅迫
- 自尊心を傷つけるような言動がある
- 無視やきょうだい間での差別的な扱い、性差や配偶者の連れ子などへの差別
- 子どもの目の前で他の家族に対する暴言や暴力(DV)を見せる
児童に対する著しい暴言や拒絶的な対応、言動を行うこと、暴力(DVなど)を見せること、その他心的外傷を与えること
しつけだと思って行ったこと、この中にありませんか?
<児童虐待の定義>
1-2 しつけと体罰の違い、虐待に影響とは
千葉の事件報道を聞いて、誰でもが「虐待」だと思ったのではないでしょうか。そして、もしかしたら、自分が行っていたことは、虐待に値する、体罰だったのかと思う方もいるのではないでしょうか。
❍認識されていない虐待行為
虐待する親が、よく聞くことば
『虐待ではなく、しつけのための行為』
虐待している本人に、虐待だということへの自覚が無いことも多いとされ、しつけのためにすべて行っている行為だから、虐待ではないと思っているということです。
虐待しているという自覚があることもありはするが、自覚が無いことも多い。例えば、虐待を行っている親(母親あるいは父親)には自覚が無いことも多く、勝手に、「躾(しつけ)をしている」と思っていること(勘違いしていること)もしばしばである。
❍しつけと虐待のちがい
虐待ではない、「しつけ」だとする言い分をもとに、「しつけ」とは何かというと
しつけとは
子どもに対して、社会のさまざまな生活に適応するために、基本的な習慣を中心に礼儀や作法を身につけさせるために行われる
「しつけ」のもとの意味とは、労働の型や手順を習得させること、子どもを一人前にすることをいうととのことです。田の植付けや着物を仕立てる際の仕上げの前段階としての、あら縫いという意味から、子どもに幼少時から礼儀や作法を教え込むことを言うことを意味します。子どもに対して、社会の規範、道徳的な習熟へと導く教育の過程とされ、「しつけ」の仕方により、その子どもの人格形成に対しても大きな影響を与えることになります。
❍家庭によりさまざまな「しつけ」や「ルール」がある
自分の「家」に決まりごとありますか? 何も無いように思っても、暗黙のような「あたりまえ」のことがルールになっているのではないでしょうか。家庭でのルールは、親の価値観に大きく影響しています。そして、その家庭で育てられた子どもの価値観となっていることが少なくありません。無意識につくられた自己の中の判断基準になっていることが少なくなく、後の行動にも大きく影響していることが多々見られます。
プラスの価値観ならば問題ないのですが、ネガティブな価値観がその後の人生に大きく関与しているということもよくあります。すべての行動に対して、親のいいつけどおりにすることが絶対だと言われて育てられた子どもは、大人になっても自分で決めることが出来ず、常に親の指示を仰ぐことも少なくありません。そして、力で抑えられてきた子どもは、我が子に対して同じような行動をすることもよくあります。
●成長段階による育て方を考えることの大切さ
親が子離れしていないこともよくあります。そのため何をやるにしても親の意見を求め、指示待ち状態、これが社会に出ても続くことがよくあるのではないでしょうか。自ら考えて行動するということを学んで来なかったということになります。親がいつまでも子どもの行動に介入していた結果です。
親も試行錯誤しながら、我が子と向き合っていると私は考えます。子離れするように仕向けることも必要です。しつけにはこのような自立に対しても適切な関わり方が必要となるのではないでしょうか。成長段階に応じて、適切な方法でのしつけです。
乳児期から幼児期にかけては、いちばん身近な親が、規範を示し、愛着をもって根気よく繰返し伝えること、叱らず、うまく出来たことを認め、出来なかったことに対して指導し、出来るように促すことその方法を理論的に説明スリ望ましい接し方を親自身が見出すことが求められます。
❍虐待行為による身体への影響
虐待を長期間受け続けることでさまざまな健康被害が生じることがわかっています。千葉の少女も「PTSD」と診断されていたとのことですが、日常的に身体的、精神的な脅かし行動は、深刻なトラウマを生じ、トラウマによる精神的失調が1ヶ月、持続されることによりPTSDを発症し、虐待を受けた人の脳は、萎縮するとされ取り返しのつかない事態となります。具体的な症状として、落ち着きがなくなる、多動、衝動が抑えられないなど、発達障害児と極めて似たような症状や、問題行動を引き起こす子どもがいるとのことです。PTSDの具体的な症状は、前回のブログでまとめています。下記にイラストを再掲します。
●言い出したくても言えない
子どもへの親の虐待は、子ども自身から言い出すことが出来ないということがほとんどです。じっと耐えるだけ耐える。自分が悪いのだと思いこんでいるということもあります。だから、我慢してしまうという喫緊の状態だということです。
日常生活での、行動問題、抑うつ的な様子、不安な表情や落ち着きの無さ、衣服の状態などもサインとなります。周囲の大人の介入が必要とされます。もしかしたら、虐待を受けているかもしれないと感じた子どもや、虐待をしているのでは、と感じた親に接したとき、どのように対応できるのでしょうか。
虐待の可能性があるような場面に接した遭遇した場合い、どうするのか、という判断が問われることも否めません。もし、間違っていたらどうしよう、そんな気持ちもあると思います。
児童相談所(各地域の児童相談所電話番号一覧、もしくは児童相談所全国共通ダイヤル:「189」いちはやく)に、速やかに連絡する必要があるとされます。みなさんがどう行動しますか。
<虐待発見へ 子どもからのSOS>
1-3 どうして虐待する?誰でもあるブラックな感情
ネガティブな感情は、「危険にさらされた」「生死に直結する感情」という意識・認識に起因しています。
❍自分を守るために必要なブラックな感情
よく「アンガーマネジメント」ということを聞くことがあるのではないでしょうか。この怒りの感情は、二次感情とされますが、この時の怒りという感情を表出させるために一次感情があります。一次感情は人の生命を脅かす、自分の命、生死に直結する感情だとされます。
もし、子育てに対しての問題があるとすると親自身もさまざまなサインを発しています。子どもの様子、その親の会話の中からも何らかのSOSとなるサインが見られることがあります。
<養育者からのSOS>
●自分を守るための怒り
怒りにまかせて、子どもに罵倒する、暴力を振るうその感情はどこからくるのでしょうか。
怒り:angerは、人間の原初的な感情のひとつだとされ、様々な要因や理由により起きる強い感情です。例えば目的を達成できない時、侮辱され心が傷つけられた時、身体を傷つけられた時などに起きる感情だとされています。目的達成できない時、侮辱された時など、個々によりことなりますが、自己肯定感や自尊感情に関わり、自分を見失うという不安感情にから来ることがあるのではないでしょうか。身体への暴力行為により傷を負うと、生命の危機に直結します。
❍アドラー心理学での怒り
時々health attitude blogでも、アドラー心理学をお伝えしていますが、アルフレッド・アドラーは、怒りの感情を表出させるために人は「怒鳴る」という行動を行っているとしています。怒鳴ることで、怒りの感情を起こさせ、自分の身を守っているのだという理論です。
ネガティブな感情が自分を守るためにも必要だということだと理解できるのではないでしょうか。
※関連ブログ「腹が立つ!怒りと行動どちらが先?」「怒りのパワーをどう使いますか?」
●ブラックな感情のコントロール
人には、このネガティブなブラックな感情も必要だと考えると、この強い感情をどのようにコントロールして、自分を成長させて行くのかということが問われるのではないでしょうか。
❍イライラした時、行動を誤ると...
人は、物事が、自分の思う通りにならないとイライラするのでなないでしょうか。そして、その感情のコントロールを誤ると、体罰、ハラスメントになることも...
●自分を守るために怒りはある
動物が自分の身の危険を感じたときに感じる、このように『怒り』というのは、
そして、それが機械などなら、叩いたり、蹴飛ばしたりすることもあるのではないでしょうか。そして、何でそんなにイライラしているの?と周囲から指摘さることもあるのではないでしょうか。
もし、その叩く、蹴飛ばすという行為が
人に対してならば、どう捉えられるのでしょうか?
自分の指示通り、言ったように行動しくれない人、子どもや部下に、周囲の人たちに対して行ってしまうと、切れて暴力行為を行っていると指摘されます。
●イライラするような感情に囚われた時、どうしていますか?
私自身のことでもあったからそう思うのですが、このイライラ状態での自分の感情の処理方法を間違えると、「怒り」という感情により怒鳴る、力で相手を圧倒しようとするような行動に移行しやすくなるのではないでしょうか。以前の職場で中間管理職だった自分の行動ですが、心理を学ぶ以前の私は、スタッフのおしゃべりに苛つき、ゴミ箱を蹴っ飛ばしたことも、アコーディオンカーテンをピシャ!と閉めることで自己アピールしたこともありました。ときには、あからさまに避難したことも有ったと記憶しています。
❍感情のコントロール 感情の器という考え方
こんな言葉を聞いたこと、ありませんか?
あの人は寛大な心をもっているねぇ~
寛大な心とは、心の大きな人、大きな感情の器を持っている人に例えられないでしょうか。
身体的な疲労感・心の疲弊となるストレスは、人の理性を見失わせることがあります。思考が停止してしまい、正常な判断ができなくなります。感情の起伏「ストレス」を受け入れる器が小さくなってしてしまった状態です。器が小さいとストレスに対して、受け入れることができなくなり、すぐに器から溢れ出てしまいます。涙となって身体症状に現れればまだ気づきますが、その感情を押さえ込み続けると、人は誤った判断に向かうこともあるのでは無いでしょうか。周囲への暴言や虐待行動により、自分が傷つくことへの代償として、周囲の人が傷つく姿を見ることで自分の身を守ること。
しかし、理性を保っている場合は、自らの愚かしさに気づくはずであり、そこには何らかの葛藤があることを私は願います。
●器が溢れそうになったら
自分の感情の器が今どのような状態にあるのか、客観的に、あたかも他人を見るような感覚え自分自身を眺めることです。自分の心の状態・健康度を見つめることです。
脳はひとつの感情に支配されます。ブラックな怒りの感情からの脱却を意識的に行うことです。そのためには、それまでと異なる行動をすることです。自分自身に対する「アイスブレイク」とでもいいましょうか、感情や思考の切り替え、シフトチェンジです。ティーブレイクでも、環境を変える、トイレに立つでもOK、好きな曲を聞くことも効果があります。
そして、自分の怒りなどのブラックな感情を、客観的に、冷静に分析してみるとよいでしょう。
2.自分を守るための認知的不協和の解消ということ
「認知的不協和」ということばをご存知でしょうか。
❍人が持つ「認知的不協和」とは?
認知的不協和とは、米国の心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱された、社会心理学の用語です。
「認知的不協和」とは、相反する矛盾する認知を、同時に抱えてしまった場合に生じる不快感を「認知的不協和」といい、人はこの認知的不協和の状態を解消するために、自分自身の態度や、行動を変更するという考え方です。
不協和とは、自分の中にある矛盾した状態であるために、心の安定を得るために、論理的な曖昧さを低減させる必要性があります。それには、2つ理由があげられます。
- 不協和の存在は、心理的に不快であるために、この不協和を低減し、共和を得ることを試みるように自分への動機づけを行う
- 不協和の状態は、その状況を低減させるだけではなく、さらに不協和を増大させると考えられる状況や、情報に対して積極的に回避しようとする行動をとる
●認知的不協和の解消方法
不協和を解消するために
- 第1 行動そのものを変え、双方の認知の関係が協和的になるようにすること
- 第2 もう一方の認知の方を変える
この認知的不協和の例としてあげられているのが、イソップ童話の「酸っぱい葡萄」です。
《酸っぱい葡萄》
お腹を空かせた狐は、たわわに実ったおいしそうな葡萄を見つけた。食べようとして懸命に跳び上がるが、実はどれも葡萄の木の高い所にあって届かない。何度跳んでも届くことが出来ない。そのために狐は、怒りと悔しさから「どうせこんな葡萄は酸っぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか」と負け惜しみの言葉を吐き捨てるように残して去っていった。
その他、よく例であげられるのが、喫煙者の持つ、認知的不協和です。下記のような理由づけを行い不協和を解消しようとします。
- 「タバコが肺がんを引き起こすという情報は、一種の迷信にすぎず、科学的根拠に基づいた事実ではない」と信じること。
- 「タバコは、肺がんを引き起こすリスクを増加させるかもしれないが、喫煙は自分のストレス解消方法であり、全体としては、メリットの方が大きい」
- 「タバコは、健康を害する」という情報を忘れようとする
- タバコと健康に関する情報番組を一切拒否する
このような不協和の解消を行うために、歪んだ認知行動を行うようになります。
❍我が子に対する虐待への歪んだ正当化
自分の中にある認知の歪みが、子どもに対しての虐待という行動になっていることも考えられます。
自分は正しいしつけを行っている。子どもの将来のためのしつけなのだという正当化です。他に方法がなく仕方なくやっている、子どもは自分の側にいることがいちばん幸せなのだ、だから連れ戻す必要があるというような考えもあったのかも知れません。
3.どうしてSNSで自己表現するのか?
もうすぐ平成が終わります。昭和の時代はさらに遠い過去になりつつあります。
❍社会の中での子育ての必要性
昭和の社会には、今よりは、地域社会での子育てが有ったのではないでしょうか。街中の公園や道路で遊ぶ子どもが遊ぶことがあたりまえな時代が、今はあまり見られなくなりました。
●街に子どもの姿を見なくなった
ふと気づくと、ほんの10年くらい前とも街中で子どもたちが遊ぶ姿を見なくなったように思います。子どもの数が少なくなったのか、外で遊ばなくなったのか、塾で忙しのか...以前よりもさらに子どもの姿が消えてしまった、そんな感覚があります。
❍あたりまえのようなSNS投稿
インターネットの普及も子どもや若者層に、良い面、悪い面とされる、さまざまな影響を与えていると言われています。最近、見聞きしたくない情報として、大手飲食店での従業員による、気分の悪くなるようなさまざまな不適切行動といわれるSNSへの投稿です。
- どうして社会的規範に背くような行動を行うのか?
- 自分が行った行動を第三者として被害にあった場合どう感じるのか?
- お金を稼ぐということ、賃金を貰うということどう理解しているのか?
- 労働対価ということをどう学んできたのか?
- 社会的責任に対して、今後どう償いをする必要が生じているのか?と
- 法的な規制によって処罰されるいうことに対する知識と理解
ざっと考えてもこれだけ、まだまだ多くの問題があるでしょう。知人や家族との関係性を考えると非常に深刻な状態になっているということも感じて欲しいと思います。行動し、SNSへの投稿することで何が得たかったのか。他者見出され、本人が知らないところで拡散されたのならばまだしも、「クビ間違いない!」として投稿されたものは、自らの行動なのでしょう。
●肯定的な意図
もし、幼少期に「道徳観」をしつけられていたならば、絶対に行えない行動です。単なる自己顕示欲か。注目されたい、企業に対する嫌がらせならば、あまりにも浅はかな行動でしかありえません。注目を浴びたいという行動が単にエスカレートしてしまった結果の行動ならば、まだ救えるのでしょうか。
人の行動には、自分の利得となる意図があるとされます。自分は何をやっても許されるのだ、そのような基準のもとに行われたのならば、誤った価値判断なのではないでしょうか。そして、そこにある自分のプラスの意図とは何があるのでしょうか。行き過ぎた表現の自由、自己顕示欲などなのでしょうか。
●お笑いでの行動ならばどう受けとめられたのか?
私個人位には理解できない不愉快な行動です。もし、お笑いでの舞台上で行われたら、笑って終わりなのでしょうか。どうしてそのようなことを行うのかということを考えてみた時に、「笑えるから」なのか?そんなことも考えました。
私は、以前から、行き過ぎた内容のお笑い番組が好きではありません。人をなじるようなやり取りや、殴るようなコントなど見ません。落語は、よいと思いますが、誹謗中傷的な内容のコントや、いわゆる「ドツキ漫才」という範囲のものは、気分が悪くなるからです。
裸を晒して、受けを狙うようなパフォーマンスもどうして受けるのか理解に苦しみます。そのような映像を見た子どもの成長後の姿が、今の不適切行動なのでしょうか。決して高くないバイト料金での勤務に対する不満から、ささやかな楽しみとして、今まで見てきた「メディアでは不適切とされずに、受け入れられているパフォーマンスとして学習した行動」を自ら実践して、SNSで投稿しただけなのでしょうか。
某局の「チコちゃんに叱られる」も私は否定的です。
●ボーッと生きてはいませんよ
「ボーっと生きてんじゃねーよ!」美しくない日本語です。
チコちゃんは5歳児という設定のようですが、5歳の子どもが暴言に近いようなことばで始まるから多くの人の興味を引いているのでしょうか。そこで捨てセリフとして出演者に対して「ボーっと生きてんじゃねーよ!」ということばから始まるようですが、そのような言葉を浴びせられたら不愉快を通りこして、呆れてしまう、その暴言に近い言い回しを5歳児、そして女の子が「。。。じゃねーよ」とは、誰から学んだのかを追求したい気分になります。
「ボーッとしていないで、教えてよ」ならまだわかります。内容は良いことを伝えているようなのに、非常に残念です。もっと美しい日本語を使うことを心がけたいと、私は思います。
●無意識にインプットされる「ことば」
この番組を小さな子どもが見て、その言動を真似したら、笑って済むのでしょうか。私の中には疑問が残ります。メディアの影響、SNSとのつき合い方に対しても、幼少期からの「しつけ」が必要なのかも知れません。自由な自己表現としてのよい効果もあります。社会的な善悪を理解できるように、学習することが大人も含めて、よく考え、学び直す必要があると私は思います。
私自身が、SNSを利用しているひとりとして、すごく言葉は選んでいるつもりです。もし、不適切な内容がありましたらぜひ、「こちら」からご意見ください。
Pure Medical attitude
かたよし 純子
生理検査アティテュード®からのメッセージ
・私が考える親の役割としての「しつけ・躾」
虐待は、身体的、心理的暴力、言葉も含めて、体罰です。それに対して、しつけとは、「躾」と書き、「身」と「美しい」という字で成り立っています。しつけとは、裁縫をする際に、仕上げの形を正しく、美しく保つために下縫いすることをいいます。
○親が行うべき、子どもへの躾・しつけとは
「しつけ」とは、子どもが社会秩序へ適応できるための知識をつけさせるということ、自らの身を美しく保つための躾・しつけです。家庭において子どもへ「しつけ」をすることの目的とは、大人になるまでに、社会生活の秩序を守りながら、自ら自立して生活すること、そして、その生活を維持、向上させていくことができる社会人にと育て上げることです。
人は、成長とともに、家庭や学校、社会の中で人はさまざまなルール、日常生活への適応力が必要となります。生まれてからの幼少時は、保護者が社会の一般的な礼儀や作法、すなわち社会でのルールを教えていくことが大切です。その家庭には、家庭のルールがあると思います。その家のしつけがあるのかと思います。
そして、社会に出たときには、年齢相応の社会への対応が求められるということです。大人になるとともに、社会秩序を守るとういうことは、自らの学び、考え、行動していくことの出来る力も必要となると私は考えます。
「しつけ」は、社会生活へ順応していくための方法、道標を親として子どもに示し、導くことが、親が行う「しつけ」ではないのかと私は考えます。そこには、決して、力による暴力的な行為が有ってはならない、不要な行動です。
●過ちに対してあるべきもの
感情的に手が出てしまってもそこには、必ず「愛」「慈しみ」があります。愛がない力は、体罰になります。絶対に力で他の人を抑え込むことはできません。過ちに対しては、その場に無ければならないものは、理性あることばでの説明です。愛がある「言葉」がそこになければなりません。愛情とともに、言葉で伝えることも大切です。
❍五感で育てる人との関係性
人は、視覚・聴覚・身体感覚、五感すべてで情報を受け取っています。愛ある眼で見守り、手を差し出し抱きしめるそして、声で伝えること、すべて異なる脳細胞で受け取っています。
メールだけではなく、手紙やそして、電話で、さらには直接会いに行ってあげてください。直接会うことが少なくなってご両親がいる方、会いにいくことが、愛を伝えることなのではないでしょうか。
❍最近聞きませんか?「ユマニチュード」
他者との関係性、パートナーにもおいても「五感で自分の感情表現をすること」も必要だということを今さらながら感じています。そんなことをユマニチュードということばが物語っています。看護や介護の現場、認知症の方へのケアとしてユマニチュードということが提唱されています。この意味に、人との関係性の基本があるのではないでしょうか。
ユマニチュードも、近々まとめていきましょう。
❍親も子どもと ともに人としての成長を
小さな我が子に対して、親が不本意な行動をしてしまうこともあると思います。私自身もありました。そこにある感情は人それぞれでしょう。子どもたちから学べることがたくさんあるのではないでしょうか。何でも吸収できるまっさらな心で生まれてきた子どもの可能性をいっしょに楽しむように親も成長して欲しい。
我が子は、初めて出会う1人の人間です。親になることも初めての経験です。子どもの年齢とともに親として、我が子が経験している社会を通して、人としての経験を重ねています。そして、子どもの成人後、子どもは自分の人生を歩みながら、社会からさまざまなことを学習しています。その我が子たちからも、私も学んで行きます。
政府が、「家庭での体罰禁止」法規制の検討始めています。厚労省、法務省などでの法改正も検討されるとのことです。今後を見守りたいと思います。
Pure Medical attitude
生理検査アティテュード® Junko Katayoshi
今日のまとめ
- 児童虐待の定義とは、「身体的虐待」 「性的虐待」 「ネグレクト」「心理的虐待」
- 身体的暴力はもちろん、ことばによる精神的暴力もしつけでは絶対にない
- 虐待による障害は、PTSDの発症、脳の萎縮もある
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
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臨床検査技師/超音波検査士/健康管理士一般指導員/健康管理能力検定1級/介護予防運動指導員/米国NLP協会認定NLPトレーナー/臨床心理学 基礎エキスパート取得
今日も最後までありがとうございました。
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